冬の桜木町。
ランドマークタワーまで伸びる広場は改装工事中で、平日の昼間とあってアチコチでトンテンカンテンやっている。この街を造る連中が目指す、キレイでオシャレでアーバンな雰囲気を作り出すために、潮風に煽られてボワンバワンと鳴るオレンジ色の武骨なフェンスの向こうで作業員のお兄さん・オジサンたちがヘルメットをかぶり、真冬でも汗まみれの作業着で腕まくりもせずに働いてくれている。
一方で当然それには構わず、デキるビジネスマン、機嫌悪いサラリーマン、デキそうなOL、ヤレそうもない女子大生。
夜中の安売り店で用もないのにうろついてそうな親子連れ……ジェネリックモデル系美人コンテスト予選落ちの金髪スウェットママと、ラッパー崩れがひっくり返ったみてえなツラの白ジャージにサングラスのダンナ、この二人の悪いところとゲンコツと罵詈雑言をたっぷり浴びたアッタマ悪そうなガキ。
いろんな人たちが集まっては何処かに流れてゆく。
午後2時23分。僕は駅構内の柱の影に寄りかかって、ソワソワと何度もケータイのメールを確認してはセンターに未読メールがないか確認をし、センター問い合わせの中の人も辟易しながらそれにこたえるため、2分に一度のペースで未読メールはありませんと伝えて来た。
桜木町駅でブルーラインを下りて、こちら側の改札に向かって歩いて来るとのことだった。当日の服装はこんな感じ、と写メを送ってくれてたから、それを探した。
ベージュのコートに淡いクリーム色のショートパンツ、冬でもナマ足を出して歩くのが自分のスタイルなのだと彼女は言っていた。コートの中は紫色の薄手のセーターだよ、とコートの前をはだけた写真も一緒に送ってくれていた。
幼げな顔つきと裏腹に二つの膨らみが大きくせり出していて、僕の胸も期待に膨らんだ。
もうそろそろ、階段を上がってくるはずだけど……。
待ちきれなくなった僕は地下鉄の階段に向かって歩き始めた。綺麗で白っぽく明るい駅構内に比べ、横浜市営地下鉄ブルーラインの桜木町駅に降りる階段は如何にも昭和チックな細長い長方形の白タイルが古びて黒ずんだ、薄汚れた色合いをしていた。コンクリートの階段とタイルの壁、蛍光灯。昭和末期ぐらいまでの雰囲気と、未来的で都会的で機能的な平成のセンスが同居する、この雑多で垢抜けきれない感じが横浜って感じで好きだ。
僕はハマっ子でもなければ生まれも育ちも愛知県だから、たまに来てはそんな勝手なことを言ってるだけなんだけどね。
駅コンコースの上に敷かれた線路に京浜東北線が滑り込んで来て、ゴォーっと大きな音を立てる。また改札口からワンサカこぼれるように人間が降りて来る。
ゲームセンターに置いてある、台の上に積まれたメダルを落とすゲームみたいだ。その人いきれに巻かれるように、ブルーラインの地下改札口に向かって僕は押し流されてゆく。
ベージュのコートに淡いクリーム色のショートパンツ、冬でもナマ足を出して歩く彼女の姿を必死で探して。濁流の中ですがりつく木の枝か何かを求めるように手を伸ばし指を泳がせながら、僕は地下へ地下へと埋められてゆく。
顔のない人の群れの中へ
声のない雑踏の中へ
生命のない都市の中へ
光のない地下の街へ。
そこはダークサイドィ横浜。クレイジーケンバンドの歌に出てきそうな、長者と貧者が入り混じり踊る街。雑居ビルの宇宙ステーションが聳え立つ地獄に一番近いHaven。僕が僕のままで隠れていられる場所。
降りもしない雨音を何度も聞いて窓を開けて見上げた夜空に僕を嗤う赤い三日月。
彼女を見失ったことよりも、ここから出られないことよりも、僕が僕であるがまま居られないことよりも、今まで味わった他の何よりも今つらくて残酷なことを探している。沈めば沈むほど深く潜り、誰にも見つからず何処かに隠れていたい日のために。明日も社会で生きて暮らさねばならないことへの、せめてもの慰みすら尽きてしまう心配を心配のままで心の中に留めておくために。
僕が見失ったもの。僕が失ったもの。いま僕が持っているもの。
それはまるで焼け跡で拾い上げた丸焦げのアルバムから拾い上げた一枚の写真みたいな、過去と後悔が染みついたDefeat.


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