韋駄天の如く駆け出したマノが左手を振り上げながらスキンヘッドの大男の首ったまに飛びつき、そのまま全体重を乗せて引きずり倒した。いわゆるランニングネックブリーカードロップという技で、
「キャーッ!」
大男の肩から跳ね飛ばされて空中に放り出されたあぶくちゃんを地面でキャッチするマノ。どすん、とお尻がお腹をまともに直撃したが、ケロっとしたまま彼女を抱えて起き上がって見せる。
「あ、あぶ、あぶくちゃん! は、はっ早くサンガネのところへ!」
「うん!」
改めて粛清軍どもに向き直ったマノの背中を、あぶくちゃんの声が包む。
「ほどほどにね!」
「……それは約束しかねるなあ」
あぶくちゃんの耳に届かない程度に呟いたマノの眼前には、血走った目で武器を片手に彼を取り囲む環オーサカ文化粛清軍ブリッヂクレインの面々。
思い思いの文字を書き、色を塗ったゲバ棒が風に踊る草いきれのように揺らめきながらマノに向く。
牙を剥くエゴ塗れの正義を甘く包む与えられた大義名分。そのゲバ棒どもを背負うように、ぬっと立ちはだかるスキンヘッドの大男。
「舎利寺、大丈夫か!」
スキンヘッドの大男は舎利寺という名前らしい。
「押忍。総統、大丈夫であります」
やはり拡声器を持った小男が首魁で、総統などと呼ばれている。
「ガキの遊びの軍隊ごっこも大概にしろよ。相手みて棒切れ振り回して粛清軍だあ? 情けねえと思わねえのか」
「黙れぃ! 我々、環オーサカ文化粛清軍ブリッヂクレインに歯向かうとは」
「クレインだけに烏合の衆か。黙ってお茶飲んでシーシャ吸ってるだけだろ、コッチは。それをお前たちときたら僕には目もくれず、子供を殴り女の子を攫い……よくも。よくもあぶくちゃんに狼藉をはたらいたな。粛清されるのは、お前だ」
マノが怒りに燃えた眼差しで舎利寺を真っすぐに指さした。
「僕以外の人間が、彼女に触ることは許さん!!」
舎利寺が身構える瞬間よりさらに一瞬早く、ハラワタの底から叫んだマノが飛び上がってつるつるの頭頂部を引っ叩いた。
ぺっしーーん!!
と、乾いて間抜けな音が青空の下に響き渡り、不安と驚きと怒りと緊張でいっぱいだった広場の人々の心をくすぐった。
そしてふと訪れた静寂の後、それは一斉に湧き上がる爆笑に変わった。
「ええぞ、にいちゃん!」
「やったれ!」
「がんばってなあー!」
一発で広場の老若男女を味方につけたマノが舎利寺に向かって人差し指をしゃくって見せる。
怒りで頭から顔中に至るまで真っ赤になった舎利寺が突進して、左右から大振りのパンチを繰り出した。マノはそれを難なく避け……るかと思いきや、そのパンチを二つともマトモに食らってしまった。手ごたえを掴んだ舎利寺はさらにボディに一発、身をかがめたマノの背中に肘鉄、そしてそのまま逆さまに担ぎ上げた上に頭上でもう一段階高く持ち上げる、ラストライドと呼ばれる落差を付けたパワーボムで石畳に思いっきり叩き付けた。
190センチを超える巨漢の舎利寺が頭より高く担いで叩き付けるのだから、堪ったものでは無い。呻き声をあげてのたうち回るマノが、ボクの方に転がって来た。きっと頭を打ってしまったんだ……!
「マノ!」
「……サンガネ、早くみんなを此処から逃がせ! これじゃなんにも出来ないよ」
痛がり、助けを求めるふりをしてマノは小声でボクにそう言った。なるほど、完全にやる気なんだ。
「わかったよ、じゃあコレで見てるから!」
ボクはポケットから携帯型端末、マノ曰く「カマボコ板」を取り出しセットした。カマボコ板が空中に浮かんでホバリングの姿勢で安定したら、これで準備オッケーだ。
「おいちゃん、ミロクちゃん、みんなをなるべく遠くに逃がすんだ!」
「せやけど、にいちゃん大丈夫かいな」
「あの人なら大丈夫、みんなが居ると思う存分やれないんだってさ」
「なーるほど。ほな行きまひょ!」
露天商のおじさま方が他の露天商たちをまとめてくれて避難し始めた。一方でミロクちゃんとあぶくちゃんはいつの間にか協力して、一般のお客さんや特に小さな子供たちを広場から区役所の方に向かって誘導していた。
「マノーっ! もう大丈夫だよ!!」
「Muybien.」


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