「サンガネ君、司令室のコンソールからジェミニの収容ハッチを開(ひら)ける! なんとしても姫を救出する。ハッチの解放を頼む!」
「わかりました!」
ボクはクリス大佐のデスクに備え付けられたコントロールパネルを開き、切り替えスイッチと押下ボタンを操作して彼らを迎え入れる準備をした。
一方マノは、既に腹をくくったのか宝玉の放つ光に包まれて微動だにしないアマタノフカシサザレヒメの頭越しに、クラーケンの眉間に目掛けて再びレーザー光線を発射した。
甲高い音とともに爆炎をかいくぐって飛ぶジェミニ。
「これでも喰らえ!!」
尚もマノはジェミニが積んだありったけの武装を駆使してクラーケンを攻め立てる。ナパーム、ミサイル、バルカン砲。しかし柔軟かつ重厚な肉体を持つ深海の魔王は伊達ではなく、その粘膜質の白い巨体は悉くそれらに耐えた。が、さしもの魔王もそのあまりの火力に一瞬、動きを止めた。
「今だ、クリス!!」
「よし……いや、まだだ!」
「なんだって!?」
「マノ、奴のテンペラだ。頭のてっぺんを狙うんだ! 来い!!」
「よしきた!」
離れ離れになっていた双子の兄弟星が螺旋を描いて寄り添い、上下反転する形で機首を揃えてクラーケンの頭上高くから急降下し、錐揉みに回転しながら触手をかいくぐり、そのまま同時に青白いレーザー光線を発射した。二つの光線が競い合うようにクラーケンのテンペラを直撃し、激烈な光を放って爆発する……さしものクラーケンも頭頂部が吹き飛んで、幾つかの肉片を薄皮で繋げたままぶら下げてのたうち回っている。
「クリス!! 早く!」
「よし……!」
クリスの乗ったジェミニがアマタノフカシサザレヒメから数百メートルの岸壁に降り立った。崩れ落ちた上屋とガントリークレーンが折り重なった危険地帯を駆け抜け、炎とコンクリートの破片を掻い潜り、透明になった彼女の元へたどり着くと必死で揺り動かした。
「姫、姫、目を覚ませ!」
やがて徐々に彩を取り戻し、アマタノフカシサザレヒメが目を覚ました。しかし湧き上がる悲しみ、己自身への怒りと蔑み、生への絶望は消えることなく、彼女の全身からとめどなく迸った。
「姫、さあみんなのところへ!」
「何を申す、触るでない!」
「あれが、クラーケンが見えないのか……来るんだ、アマタノフカシサザレヒメ!」
「離せ離せ、邪魔をするでない!」
「では、どうするつもりだ!?」
「儂が……儂が食われさえすれば良いのじゃ!」
「馬鹿を言え! そんなことをしたって無駄死にだ!」
「なんじゃと!?」
「奴の狙いは人魚族の生き残りを食いつくすことではない! その身に埋め込まれた宝珠だ……それを食ったら最後、クラーケンは海の神の力を手にするだろう。そうしたら、もう手が付けられなくなる!」
「……」
「悲しいが、生きるしかないんだ。私も、君も、マノも、あの母子も……ココに居る者は、みな孤独だ。だが、今の君は一人じゃない。生きるんだ、アマタノフカシサザレヒメ!」
「クリス、姫、危ない!!」
その時。我が身の痛みと有様に怒り狂ったクラーケンが太い土管のような漏斗を二人に突き付け、真っ黒い液体を噴き出した。
「しまった!」
クリス大佐は死を覚悟して、アマタノフカシサザレヒメを抱きしめたまま立ち尽くしていた。だが間一髪、クリスと姫は無傷で命拾いをしていた。思わず固く閉じた目を開けて辺りを見渡すと、マノの乗ったジェミニがドロドロに溶けながら燃え上がる油脂貯蔵庫に向かって墜落していくのが見えた。
彼が機体ごと割って入り、クラーケンが噴射した暗黒の液体を全て被ったのだ。
「マノ!!」
「マノさん!」
「マノーー!!」
クリスが、ミロクちゃんが、あぶくちゃんが、そしてボクも……みんなが彼の名を叫んだ。だがそれも届かず、彼を乗せた機体は逆巻く炎の中に飲み込まれていった。そして、ひときわ大きな火柱が立ち昇り、モニターの画面を真っ赤に染めた。
貯蔵庫は次々と大爆発を起こし、どす黒い焔が空を舐めるように燃え上がる。破壊され尽くしたGPACという地獄絵図に黒煙が沸き上がり、マノの乗った機体のカメラから送信されてくるはずの信号が途絶えたことを画面右上のアイコンが知らせて来た。ボクはそのアラートを取り消し、再び接続を試みた……だがそれも虚しく、信号の不着を知らせるサマリが音も無く点滅を繰り返す。
十重二十重に湧き上がり、辺りを包み込んだ真っ黒な煙の中。はるか上空……司令部の入ったUWTB総合本部ビルと同じくらいの高さだろうか。
そこに、光り輝く黄金の相貌があった。
「く、く、クリスや! ああああアレは何じゃ!?」
「姫。心配いらない……あれが私の愛弟子の、真の姿だ!」
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