ニューシネマ・パラダイスシティ 第1回 「晴レ男(1)」

会社を辞めることにした。

やってられない、と素直に思ったから。諦めと後悔がこの会社に勤めるメリットや、悪い事ばかりじゃなかった、という考えを心の中から完全に駆逐してしまった。というよりも、愛想を尽かしてどっかにいってしまった。

もうどうでもいい、期限を区切って辞めよう。信じられない額面の給与明細をくしゃっとポケットに突っ込んで家に帰る。五月の連休明けに退社の意志を伝えると引き留められはしたが、待遇や条件の改善などには一切触れなかった。辞めなかったらずっとこのままだったのだろう。

やはり、辞めて正解だったというわけだ。

この不景気の中、正社員登用ではあるが私の後釜探しは難航していたようだった。正社員とはいえ仕事内容によってはかえって割に合わないことも多いのだろう。

実際に正社員! 正規雇用! と声高に言えば言うほど人手不足で、人員が定着しないのかなと思ってしまうものだ。自分より仕事が少なく責任も無い連中が目先の給料だけは自分より多かったら、そりゃあバカバカしくもなる。実際私も、この給料じゃやってられないなと思ってやめるのだからそれは確かだ。

二か月ほどしてようやく一人の男がやってきた。

名前も見た目も実に平凡で、正直な印象を言えば陰気な男だ。平均的な名前で、平均的な四十代半ばらしいメタボリック体型。緊張しやすいのか話すときに少々どもる。

この不器用だが真面目な男が私の後任に決まったようだった。
しかし一か月ほど一緒に仕事をしてわかったことだがこの男、とにかくひとの言うことを聞いていない。教えたことを守らない。耳には入っているが脳には届いておらず心にも残らないのだろう。

だが、もうそんなことはどうでもいい、どうせ辞めたくなって辞める会社と仕事のことだ。

この男が仕事を覚えず、または長続きせずに苦労するのは私ではないし、私の教え方だのなんだのの陰口で盛り上がったところで私には聞こえない。

言うには違いないだろうが。

私の仕事というのは玉桃の種を絞って作る苦油を甘ツルタケの癇癇汁と混ぜ合わせたサルマタ酒の添加物を一旦タンク内で蒸発させたものを専用の容器に充填し十四輪の全輪駆動車で運ぶことだ。
この容器というのが非常に厄介かつ危険な代物で、とても頑丈に作られているがゆえに重く、また極端に水を嫌う性質を持っていた。

ひとたび容器が水に濡れればそこからたちまち腐食し穴が開く。

その際に容器から吹き出した高圧の油と空気中のオキシジェンがぶつかると発火する恐れがあるのだ。

玉桃の苦油は酸化すると非常に高い熱を放つ。さらにそれが揮発し大気中に混ざりあうことで最悪の場合、爆発することもありえる。

そうすれば周囲の容器も吹っ飛ばし次々に容器が破損、爆発を繰り返す大惨事だ。
そのため雨が降るときには厳重な防水が必要となり、当然搬入する際もこっちは濡れても容器は濡らせない。
どうしてそんな容器を、と思っても自分が運ぶ訳じゃなければ構わないのだろう。防水容器も用意されなければ、非効率的でたびたび過重労働になる運搬ルートも変更されない。法律も条例も田舎のワンマン土着企業にはあまり届かないものなのだ。

それでも自分なりに努力をしてきたが、今度はその努力で作った時間の余裕を、他所から入ったばかりの上役候補に遠回しにネチネチ責められ、挙句の果てには陰でアイツは楽をしていると言われる始末。

こんなものには付き合いきれない。

下らない話だ。

安い給料を少しでも上乗せするために休日返上で仕事をすれば、こんなときだけ過重労働だとまたこちらが責められる。しかし言う通りに時間外労働を減らせばあの安月給。

どっちみち詰みの状態だったのだ。

仕事して給料じゃなく小言を寄越されるくらいなら辞めればいい。

現にこの営業所には、三十代以下の人間は私を最後にいなくなる。

あとは部長以下営業も配送も事務員までみんな四十過ぎばかりだ。

古株だったり管理職だったりで高い給料貰ってるか、ここしか行き場もなく消去法で仕事をしている配送と事務員だけ。

つづく。

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