OSAKA EL.DORADO 36.

 次の瞬間、マノが猛然と反撃を始めた。素早い左右のコンビネーションがワッショイの顔面を両面から打ち据え、右足を軸に飛び上がったマノの左足がお祭り男の鳩尾を蹴り抜く。
「お前らなあ、如何にも最先端かつ身近な情報と文化を担ってる発信者ヅラしてやがって、所詮タダ乗りのいいとこ狙いのコバンザメのフンじゃねえか、お前らにこそ何がわかる!」
 先ほどまでのナマクラな打撃から豹変したスピードと衝撃に、みぞおちを抑えながらも歯を食いしばったワッショイがぎらつく目玉を剝き出しにして、激痛を堪えながらマノの前髪を掴んで額に頭突きをブチ込み鈍い音を立てた。一発、二発、三発と立て続けにお見舞いされ、そのあまりの石頭に思わず足元がよろけたマノだが、踏ん張って自らも頭突きを返し怒鳴り散らす。
「古き良き文化も時代も知らず、そこに生きる人々の息遣いも顧みず、目先の数字だけ追いかけて、モノも芸も売らず媚びだけ売ってやがって。そんでヒトの顔色ばかり見て、ホントは何も見ちゃいねえ、お前らは何も知りゃしねえ!! 何も知りゃしねえくせに訳知り顔で誰かのそばをウロウロするだけのビンボったらしいイナゴどもめ、文化を食い荒らし萌芽を枯らす害虫だテメエら!!」

 しまいには二人とも左手でお互いの首根っこを抑えつけたまま、剥き出しになった顔面に目がけて右の拳を握り締めノーガードかつ全力で殴り合い始めた。まるで横殴りの雨のように飛び交う拳、それを恐れず一切そらさない視線、食いしばった歯と唇からは早くも流血が見える。
 身長体重ともに勝るマノがパワーで押しながら殴りつければ、小柄だががっちりした体躯のワッショイが素早く的確なパンチを返す。マノはとにかくブン殴っているだけに見えるが、ワッショイのは正確無比なパンチだ。さらにマノは膝を突き出してワッショイの胸板を貫き、太ももの肉をえぐって動きを止めようとする。が、ワッショイもそれを読んで体幹を巧みにずらし、さらに顎や鼻っ柱、目元を狙ったパンチを繰り出してゆく。

 黒く長いマノの髪の毛が汗に濡れてなびく。ワッショイの白いねじり鉢巻きが血に染まって赤くにじむ。
 あまりの剣幕と暴れっぷりに、周囲の善良で単純で主体性の無い観客は呆気にとられつつ、漠然とした恐怖によってじりじりと後ずさっていった。円形に広がったその衆人環視の輪の中で、マノとワッショイは尚も殴り合い続けた。

「誰がイナゴだ、食わせてもらってる自覚ぐらい有るってんだ! 依頼された以上はこっちだって生活かかってんだ! イイものを出す店やイイものを作る人が幾らそこに存在しても、知られてなきゃ居ねえのと同じじゃねえか!! それを見つけ出して拾い上げて知らせてく、その何処がイナゴだ、害虫だ!?」
「拾い上げるなんて吐かしてる時点で傲慢なんだよ、お前らがズカズカ恩着せがましい靴音を鳴らして土足で踏み込んで来る場所にはな、そこに根付いた生活と文化があるんだ! それを自分たちが見つけて広めたって手柄と見栄のために使ってるのが透けて見えるのがわからねえのか!」
「傲慢と感じるお前の心に慢心や傲岸不遜の自覚があるんだろ、ヒトのやることなすことに気に入らねえだのイケ好かねえだのケチ付けて回ってないで、自分の足で自分の好きを見つけて発信して、喜んでもらって何が悪い!?」
 ワッショイの声がにじんで、震えて、濡れて来た。
「お金も謝礼も二の次だよ、これはウソでもキレイごとでもねえ、オイラはこうしてやってきた! それがなんだ、もっと媚びてて、もっと薄っぺらで、言われた場所に行って言われた通りのリアクションをして、お手本通りの記事をお互いに褒め合って小銭を拾ってる連中が舞台袖にも、そこら辺の店にもウヨウヨしてる、得意満面の人気者がバカみてえに当たり前のことを得意満面に書き込んで、それでまた感謝と感謝のメンションが続く、ウンザリしてるのはコッチだよ!! お払い箱なんざ上等じゃねえか、こっちからこんな世界、こんな社会、クソくらえだ!!」

 半ば覚束なくなった足取りで切れて腫れてめくれあがった唇の端から血を滴らせたワッショイの絶叫を聞き届けた次の瞬間、マノは首のロックを振り解きながら半分と3/4歩だけ後ずさって足腰にタメを作ると、右足で素早く踏み込んでワッショイの首っ玉に狙いを定め、それを軸に素早く後ろ向きに回転した。そして、その勢いで思い切り振り回した左腕をワッショイの首筋に叩き込む。
 バチッ!
 と、肉を叩く音と骨のぶつかる音の混じり合った重苦しく鈍い音が響き、それでワッショイの意識は途絶えた。
「ローリング、袈裟斬りチョップ……?」
 静まり返っていた観客の一人が博識ぶりを発揮した。
「よっこらしょ。さて、救護室はどっちかな?」
「あ、ああ……あっちです。ステージ横の白いテント」
 件の彼が指をさした。ゲートをくぐってすぐ左手に救護テントが見える。
「ありがとうよ」
 マノはワッショイを背負うと、正面のステージに向かってひょっこりひょっこり歩き出した。すし詰め状態だった観客は自然と彼の行く手を妨げることなく、まるで海を割って歩くように道を開けた。

 ステージでは太ったスキンヘッドにサングラスの男が、ギャンブル中毒で借金まみれなクズ男なりの恋愛矜持を熱烈なシティに対する忠誠とO.C.Pへの愛着にたとえたラップをがなり続けていた。だがそれに耳を傾けているものは誰も居なかった。みんな目の前で突然始まった殴り合いを「目撃」せず「認識の外」に置きつつも、やはり衝撃的な光景を目の当たりにして茫然とし、怯え、そして「聞きとってはいない」筈のワッショイの残した言葉に何かを感じているようだった。

 このイベントにおいて、オーサカ一心会の行く先において、異質なものなど存在せず、彼らに異を唱えたりイベントの進行を妨害したり、まして暴力に訴える者など以ての外。決してその場にいてはいけないのだ。もし「そこに居る」と思えてしまったとしても、それは自分が「居ない」とすることで抹消される。演者も、観客、勿論キャプテンや栗永ら主催者側も、彼らを認識してはいけなかったのだ。だが、客の一人がマノの言葉に反応してしまった。それをモニターで見た栗永も、キャプテンも、これで我が身の末路を悟った。

 この決起集会(イベント)は、失敗に終わったのだ。

「なあ……マノ……」
「なんだい、ワッショイ」
 マノは背中でぼんやりと虚ろな意識のなかを漂っているワッショイの言葉に耳を傾け、そしてそれに答えた。
「この……こんな、あの栗永とキャプテンによって仕立て上げられた、造り物の興奮と熱狂。それを、そんなものを、本当に心底から信じている奴、いるのかな?」
「奴らが作り出したものなら、信じるだろうよ。信じるしかないさ。信じちゃいなくても、信じているって信じるしかないのさ。自分を、そして周囲の連中を……」
 それを端末で聞いていたミロクちゃんが
「二重思考ってやつね」
 と独り言ちた。

「キャプテン……どうしましょうか」
「どうしましょうか、じゃない!! オレはアイツが間に合うか確かめさせる。指示を出すまでなんとしても、10分、いや5分でいいから引き延ばせ。もう終わりだ、オレたちは。だとしたら、後始末をつけなきゃならない……」
 キャプテンは真っ赤な目で栗永を睨みつけ、震える左手の親指を自分の首筋に突き立ててゆっくりと真横に動かした。

(繋げ繋げって、どないせえ言うねん……自分はエエ時だけ出て来くさってからに、なんかあったら繋げ、ほんで、ようやっと出て来たと思ったら「栗永くんは流石、出来る、賢い、喋れる」バカにしてんのか……どいっつもこいっつもホンマ)
「栗永さあーん、えーん客席でえ、さっきの空飛ぶ人が暴れててこわあいい!」
「じゃかあしゃボケ、去(い)ね!!」
 あまりの豹変ぶりに驚きつつも侮辱の自覚を露わにしたのは、さっき栗永の胸で得意げにしていたあのバブリーソバージュ娘だった。
「はああ!? なんやねんアンタちょけとるんか! アンタこそキャプテンもO.C.Pも居(お)らへんかったらタダのブス素人やん、童貞に毛ぇ生やしたような仕切りとあんな文章でよう言うわ」
「なんやあ!」
 言うが早いか、栗永の右手がソバージュの頬を張り飛ばし、吹っ飛んだ背中に靴底が一発、二発と食い込んでゆく。
「なんやお前、なんや、なんや、お前なんや、お前オレのなんやねん!! 黙って乳でもケツでも放(ほ)り出しといたらエエねん、ボケコラ、お前、しばくぞ!!」
「いや、痛い、痛いやめて、痛い……痛げぇ……げぶごぶれどぼぼぼぼぼぼぼぼ」
 蹴られたソバージュの背中が突然ぐにゃりと沈み込み、栗永の靴が踝までボディコンに埋まった。うっ、とのけぞった顔を引き攣らせながら栗永が呻く。
「痛(いだ)ぁい……ぐぎぐがざばばばばば……あだ、あだじ、どげぢゃぐぐぐぐ……じびゃあああああ……」
 自分で自分の細胞の変化した半透明でぼんやりと光る緑色の物質に溺れるような断末魔ののち、目玉も鼻も太い眉も舌も、頭蓋骨ごとドロドロに溶けながらも栗永の足元ににじり寄る元バブリーソバージュだった娘が蛍光グリーンのボディコンや太く派手なアクセサリー、赤いハイヒールなどを残してそのまま排水溝に流れ落ちて行った。
 荒い息を吐きながらそれを一瞥した栗永は、ここまでの予定にない、自分たちの手では作られていない混沌を抱えた舞台に向かって走り始めた。

「ね、ということでねっ、ぼくらあのー、もっとねっ、このオーサカ! 盛り上げて、ぼくらのムーヴメントもね、もっと届けて、あのー、盛り上げて、ねっ! 行きたいと思うんで!」
 もはやハリボテの求心力すらも失った舞台の上では威勢のいい服装と歌詞(ライムとやら)にも構わずに、すっかり濡れた野良犬のようになったスキンヘッドの肥満サングラスが必死に媚びているところだった。その視線の先に広がる観客たちを真っ二つに割って歩く大男と、背負われたお祭り男。
 二人とも顔面はボコボコ、大男の額は割れて流血、お祭り男はノックアウトされて気絶寸前。本当に本物の暴力の前では、虚像のクズも酒乱もギャンブル中毒のアウトローも形無し、所詮は言うだけ番長でしかなかった。

「ゴラァ! そこのお前!!」
 うろたえ、冷や汗と半泣きの涙でクシャクシャになった舞台上の太った装飾系男子(デコイ)を突き飛ばし、怒りに震えた足取りでズカズカとマイクを引っ掴んで怒鳴り散らしたのは、ピーナッツ栗永Rだった。この決起集会(イベント)は、結局たったひとりの男によって全てぶち壊しにされ、台無しになったうえ、持っていかれてしまった。
 その屈辱と、キャプテンや自分で自分に群がらせてきたインフルエンサーどもからは突き上げられ説明や補償を求められる始末。

「お前、お前なんか……お前なんか居(お)らんかったらなあ……!」
 そうだ、コイツだ。こんな奴が空から降って来なければ。栗永の目は血走り、切羽詰まった怒りと苛立ちでぎらぎらと燃えていた。
「僕のこと呼んだかい?」
 千島団地の広場に設えた特設会場に詰め掛けた観客が輪になって取り囲む中心で、ワッショイを背中に乗せたままマノが仁王立ちしたまま尋ねる。よく通る、いい声だ。
「せや!! お前、……お前さえ!!」
「用があるなら、じゃあせめてちゃんとお名前で呼んで欲しいなあ」
「……!」
 栗永の鷲掴みにしたマイクロフォンを通して、会場の至る所に仕掛けられたスピーカーから彼の煮えたぎるような歯ぎしりが響いた。
「終わりや……」
「はん?」
「もう終わりや、こんなコケにされてイベントもオレの人生もメチャクチャにされて」
「一度や二度、イベントで滑ったからって何がどうなる」「お前は何(ナン)もわかってへんのか、ミスは、失敗などというもんは、到底許されへん。オーサカシティに対する気持ちが、感謝や絆が心にあるなら、オーサカを愛する心があるなら……こんなことは起こらへんはずなんや。オレの心には、もうそれがない……誰に何を言(ゆ)うても、もうみんな言い訳や。終わりっちゅうことなんや」
「終わり終わりって、織田信長じゃあるまいしオワリもナゴヤもあるかよ、大体そんな了見の狭い連中なのかよ。お前の言う愛するオーサカシティを牛耳る奴等ってのはよ!」
「お前ホンマなんちゅう口きいとんねん!! ああ、もう。コレやからなんも知らん奴はイヤやねん。知らんくせにいっちょ前の口叩きよるわ、尻拭いさせといて得意そうなツラしくさるわ」
「……さっきから聞いてりゃ随分と僕はお前にお世話をかける予定みたいだけど、そんなことはないぞ。安心しろ、peanut creep nerdさん」
「ピーナッツ栗永や! ……なんで自分ほんまそんなこと言えるん、なあ」
「なあ、って、そりゃお前は今からココで死ぬからだ。僕がお前を殺す」
「ハハッ、やっと面白(オモロ)いこと言(ゆ)うたやんけ、ほな、どないすんねん。今やるんか、やってみいや。お?」

 舞台上で侮蔑と困惑とが混じり合った挑発的な目つき顔つきを見せ、手足をひらひらと不細工な操り人形のように振り回して見せた栗永を、マノは黙って真っすぐに指さした。
「お前の大事な決起集会(イベント)だったな。じゃあ心ゆくまで踊ればいいよ。お前の心に閉じ込めた、悪夢のような記憶と被害妄想(おもいで)の中でな」

 なに、を……と栗永の唇と喉仏が波打つ前に、マノは指先に集中させた精神干渉念動波を具現化し、一つ目のアーモンドアイがギョロつくヒラメのような物体を作り上げると
「FLASHBACK DISCO!!」
 と叫びながら栗永の額に目掛けて解き放った。一つ目のヒラメは素早く中空を泳ぐようにヒレをゆらゆらと動かし、あっという間に栗永の額にぶつかるとそのまま吸い込まれるようにして彼の頭蓋骨の中へと消えて行った。
 トプン、と湿った音がして、僅かに栗永の額の皮膚が波打った……ように見えた。

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