第32回「DOWN to EARTH」

ASTRONAUTSがひとり
暗い部屋にひとり
夢の中で広がり続ける
暗い宇宙にひとり

地球に落ちてゆく
記憶の欠片が
身体中にぶつかって
激しい音がする
血潮の色が
あぶくにうつって
地球に落ちてゆく

 何処か自分の国へ帰ってゆく雄大な船舶。テクノロジーでカタチを整えた鉄の塊を山ほど乗せて。夕暮れでネオンの光る船の向こうに黒く静かな海、そして埋立地の風力発電センターに林立する無数のプロペラ、コンテナターミナルに連なる巨大なクレーンたちがみんな影になって眠りにつく。
 喜びも黄昏も幸福も虚像も、すべては今日また暮れる空が見せた夢のまた夢。
 帰る家も港も国も、すべては今日また生きてる場所に刻まれる存在の証明。
 働いて、孤独な夜空を見上げて、いつだって一人じゃ生きられないのに、不意に孤独を求めて何処かへ向かって走り出そうとするのを理性の鎖で繋ぎとめてまた明日も働いて。いつか行こうと思っている場所ばかりが増えてゆく。
 流れ星のように燃えて、紙ヒコーキのように沈む。
 そして地球に落ちてゆく。

 冷たい月と遠い星だけが今、自分を見てる。通り過ぎる吊り目のライトを光らせた小型自動車の群れに紛れて真っすぐ伸びたベイブリッジを歩く。歩道もあるけど、歩く人は滅多にいない。よく晴れた昼間なら対岸に立ち並ぶ火力発電所や、そのさらに向こうの半島にそびえ立つ温泉街の白いビル群も見渡せる。だけど今は真夜中だ。銀色の街灯がポツリ、ポツリと立っているだけで対岸は夜景。
 こんな時間でも輸出用の小型自動車の搬入は続く。船積みにされて各国の港に揚げられるために。これら自動車産業は長らくこの辺りの主要産業だった。何もかも、工場で働き工場で作られた車に乗らないと始まらない。それがこの田舎町での生活だった

 港の上屋と船着き場を挟んですぐ向かいには広大な製鉄工場がある。自前の火力発電所の煙突からいつもモクモクと白い煙を出している、昭和の時代からある製鉄所。仕事の求人は此処からも出ていた。でも書類選考があるとのことで、なんとなく億劫で応募はしなかった。給料やボーナス、福利厚生は凄まじいと思えるほど良かった。でもダメもとでも応募すらしなかった。それを今、反対側の港で汗まみれになりながらじわじわと悔やんでいる。コッチの仕事は面接だけで、しかも母の知人の紹介だったうえに十年ほど前に一度似たような仕事をしていたこともあったので快く雇ってくれた。職場の雰囲気もいいし、みんな優しくて親切だ。低いのは給料だけ……それだけだけど、それが一番のネックだった。何故妥協したんだろう。どこも同じだ、とその時に思ってしまったのだろう。仕事も、人もいい職場だけに猶更そんなことを考えてしまう。お金がなければ何にもならないし、お金がもらえる仕事なら、もっと頑張れるのになあ。でも今より格段に給料は良かった前の会社を辞めたのはどうして? と考えると、仕事以外のことと仕事の事が一緒になって嫌になっちゃったんだった。だったらやっぱり、給料が下がって支出の増える転職なんてどうしてしてしまったんだろうか。工場の煙突からは今日ものんきにモクモクと煙が出ている。風が強いので、今日は少し西に向かって煙がなびいている
 だけど最近は、じゃああの工場とやらに万が一入れたところでそれはそれで色々あっただろうし工場に入れれば全部バラ色で上手くいってたわけじゃないだろう、そんな風に考えている自分にも気が付いてる。
 あれさえ出来ていれば、これさえしていれば、あそこに居られれば
 あの子と付き合えていれば、あの子に嫌われなければ、あいつを好きになんかならなければ……
 二十代の大半をそんな風に考えて過ごしてきた
 三十代も半ばに差し掛かった今、それも少ししんどくなってきた
 三十歳になったばかりぐらいまでは、そんな風にじくじくと生きていた。でも今は、湿っぽいながらも諦めがつくようになってしまったということだろうか
 それほど前の会社に居る時は、仕事と生活以外の事を考えてないとやりきれなかったというのもある。休みも少なく寝不足で、いつも疲れて不満を抱えていた。それが自分の中でどんどん跳ね返って跳ね返って、いつしか他人の事も信じられず毎晩眠れなくなっていった。眠りが欠ければ心も欠ける。会社や客の連中は言うに及ばず、友達や好きだった人のいう言葉にまでササクレを感じて一人で疑心暗鬼と被害妄想に溺れ縋りついた藁はニセモノ、何もかも嘘だと心に住み着いた悪魔がささやいてた

 それが急に落ち着いてきたことに、まだ心も体も慣れていないのかもしれない。このまま如何でも良くなってしまえば人生きっとラクだろう
 無駄に求めて追いかけて、人を思わず生きられればさぞかしラクだろう
 いつも何かが足りなくて人を愛さず愛されず生きられたらどんなに身軽だろう
 だけど私の心の中では、まだ何かがくすぶっていて火が点くのを待っている
 そんな気がしてならない。煙突の煙が途切れもせず風になびいているように
 諦めるか、追い求めるか
 見苦しくない追い方をして生きられるか如何かが、今後の自分の老い方にもかかわってくるだろう
 だからこのまま流れに任せて、今は海も港もかすんでしまうほど高みに昇って落ちる様を楽しんでいることにした
 
地球に落ちてゆく
記憶と感触が
指と指の間をすり抜けて
何もかも失くしてく
血潮の色を
今日も確かめて
地球に落ちてゆく
ASTRONAUTSがひとり

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