61.

 あたし別になんにも変わっちゃいないのよ。
 戦争があってからオーサカが荒れてて、欲しいものも好きなものも手に入りづらいのは確かよ。でも、そんな中でも自分なりに楽しく生きていこうと思っているの。
 それだけよ。それを、文化の大義の平和の安全の安心の……頼んでもいないのに押し付けて、自分たちの思い通り、言う通りにしないからってなんだっていうのよ!
 そんな奴等にここまでコケにされて、あんたたち、このまま黙ってモジモジと背中合わせでイジけてるだけなの!?
 マノ! アンタあたしをチンピラから助けてくれたわよね? 白塗りの軍服のおかしな奴等からも、助けてくれたわよね。それがなによ、自分より弱い相手だけ選んで踏みつぶして叩きのめして、何が歩く宇宙兵器よ、巨大なイジメっこじゃないのよ。それじゃアイツらと変わりゃしないじゃないの!

 クリス……さん! あんただって同じよ。こんなに大勢の人達の上に立って、今の今まで真面目にやって来たんじゃないの。下げたくもない頭を下げて、聞きたくもない小言や嫌味も聞いて、上からも下からも板挟みでやって来たんでしょうよ。
 それがこんな有様で、殴るの殴らないのって、殴るのはあなたの愛弟子じゃないでしょう!?
 一心会のデコスケどもを殴らないでどうするのよ!
 一心会のデコスケどもに殴られっぱなしでどうするのよ!
 別に今から殴りに行かなくったっていいじゃないのよ、こんな遊園地も何もかも、滅茶苦茶にしてやればいいのよ! そのぐらいやってやりなさいよ! そのぐらいやるつもりで平和でも何でも守って見せなさいよ!

 何が、何が平和よ……こんな街で生まれて、こんな街でも一生懸命に生きて来たのに。
あたしたちは、あたしは、一体なんなのよ──
 
 目にいっぱい涙を溜めて、小さくて華奢な体を精一杯に踏ん張って、大柄で筋骨隆々の男ふたりを向こうに回して啖呵を切り続けたあぶくちゃんが遂に堪え切れず俯いて、吐き捨てるように呟いた。
「そうね……こんな、こんな遊園地なら。いらない」
 横たわった舎利寺のそばで、ミロクちゃんが呟いた。
「ずっとずっと遊園地で遊んでみたかった。生まれた時から世の中は荒れ放題で、いつも不安定で、気を確かにもっているだけで精一杯の暮らしだった。自分でお店を始めて、漸く少しは活きる自信が沸いて来たのに。そのお店も瓦礫と一緒になくなって、怖い思いもして、それでもやっともう一度、見つけた夢と生き甲斐と……舎利寺さんなのに。それすらも全部ぶち壊して台無しにされて、抹殺されちゃうなんて。そんなのいらない、そんな遊園地も街も……私も」
 ミロクちゃんの黒く長い髪がさらさらと舎利寺の頬を撫でるように揺れている。ミロクちゃんも泣いているのだ。

 誰もがこれまで大事に抱えて来たはずの存在理由が指と指の間をすり抜けて、見失い途方に暮れていた。だが、あぶくちゃんのアジテーションは、ミロクちゃんのモノローグは確かに、宇宙人ふたりの心に火を点けた。

「……是非も無し、か」
「大佐」
「みんな。今まで本当に、よくついて来てくれた。心から礼を述べたい……ありがとう」
「大佐!」
「これが私の、最後の出撃になる。T2を出せ」
「しかし」
「気にするな、もう私に守るべき街も、規範も、上層階級の連中も無いんだ。私は……ひとりの宇宙人として、いや、知的生物として、自らの意志で、このUWTBを破壊する。私と、私の愛すべき最高傑作とも言える弟子との私闘でな。だから、みんなも退避してくれ。撤退だ。ヴィック・クリスとして最後の命令だ。誰ひとり、ココに残ることは許さん。環オーサカ文化粛清軍此花区駐屯部隊およびGPACオーサカ文化特区防衛軍UWTBは、たった今を持って解散する。……死にたくなければ、今すぐここからなるべく遠くへ走って逃げろ!」
「大佐!!」
 気が付くとクリス大佐の周りを大勢の隊員が取り囲んでいた。
「我々は、大佐と共にあります!」
「私たちも、オーサカシティと戦います!」
「T2も、ジェミニも、自分たちが居れば直せます。最後の鉄板一枚になるまで……動かしてみせます!!」
「……死にぞこないどもめ。もう後悔するなよ!」
 最後の一言を自分に言い聞かせているかのようなクリス大佐の目が、一瞬だけきらりと光った。
「マノ!! これが私の、そしてUWTBの答えだ! しからば成すべきことは一つ!」
 轟音が辺りに響き渡り、UWTB総司令本部ビルがゆっくりと大きく揺れ始めた。
「Tyrant of Titan、合体!!」

 クリス大佐の合図と共に轟音が厚みを増し、今や激流と爆炎に圧し潰され変わり果てた無人の遊園地がさらなる様相の変化を見せた。観覧車が、ジェットコースターが、メリーゴーランドが、その他さまざまなアトラクションがジェット噴射と共に浮かび上がり形を変えていった。そして空中でひとつひとつが結びつき……やがてカラフルな巨大ロボットが姿を現した。

 瓦礫を踏みつけた両足は園内遊覧用の機関車で、車輪は横倒しで地面と平行になっている。さらに脚部はヴァイキングの海賊船で、胴体はメリーゴーランドと回転ブランコとフリーフォールが重なり合い上下運動と回転を続けている。背中には雷様のように観覧車が据え付けられ、両腕両手はジェットコースターのレールと機関車の線路。それに通路のフェンスやポール付きの外灯が繋ぎ合わさって伸びた。
「さあ、覚悟はいいか!?」
 そういうと答えも待たず、クリス大佐は司令室のデスクにあった特殊樹脂で覆われたボタンを拳で叩いた。ケースが砕け、ボタンは押下された。すると彼の腰かけた椅子がレールに固定されて素早く下がり、壁の一部がせり上がってまた閉じて、秘密の通路の奥へと消えて行った。

「オペレーション5150発動! T2発進!!」
 T2すなわち、Tyrant of Titanと名付けられた巨大ロボットの頭部に、クリス大佐を乗せたコックピットが飛んで行って組み込まれた。その上からアンテナやバルカン砲、ミサイルポッド、レーザー砲台を満載したヘッドパーツが装着される。どうやら、これが完成形らしい……凄まじい熱エネルギーと駆動音を放ちながら、T2がモニター画面をはみ出すようにして総本部ビルに向き直り、コチラに向かって手のひらを引っ繰り返して指先を曲げて見せた。勿論、彼が呼んでいるのは、たったひとりの男。

 もうひとりの宇宙人。

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