#不思議系小説 第93回「粘膜サンシャイン5.」

If I Could Fly

「えっ、オフクロ!? おとう、おーい! どうしたんだよもう」
 そういえば、もう一人この家には住人が居たんだっけ。彼女の弟で、あの夫婦の息子で、なんと言えばいいのか使えない深海魚にジャガイモをかけ合わせたような不細工でネクラでニキビ面の、使いどころの全くないオスのホモサピエンスがココに住んでた。
 前に来た時から何度か顔を見たが、挨拶をしたって何か言うでもなく俯いて、暗そうに頭を軽く下げるだけだった。十七歳と言ったか。この時点でこんなに可愛くも男前でもなければ、コイツの取柄は若さだけだろう。
 スポーツの才能も芸術的センスも持ち合わせていないコイツに、この先待っているのは灰固人工場での労働漬けの日々か、そうじゃなければアビキか灰固人の材料になるだけだ。そのうえ、たった今から天涯孤独の身の上と来たもんだ。泣けるぜ。可哀想に。
 今のうちに殺して家族の元へ送ってやろう。武士の情けだ。

「よぉボンクラ坊や、いまお帰りかい」
「……あ」
「何とか言えよ」
 僕はコイツの目を真っすぐ見たまま素早く股間を蹴り上げた。呆然と油断で完全に宙ぶらりんの睾丸を、足の甲で掬い上げるように蹴るのが北派中国拳法流だ。ごきっ、と軽快な音を立てて、僕の足がガキのキンタマに直撃する。成長期で思春期で何より大事な相棒を一瞬で破壊された時、このイモ面のガキは全てを悟ったらしい。
(コイツが全員殺したんだ)
 顔も愛想も悪いが勘は悪くないらしい。でも誤解は解かなくちゃ。
「君の考えてることが手に取るようにわかるぜ。オヤジもオフクロも妹も、みんな僕が殺した、って、そう思ってるだろ」
 股間を押さえて涙目になったガキの頬を右手で張り飛ばす。
「誤解してもらっちゃ困るなあ」
 今度は左の握り拳を角ばってシミの浮いた顎に向けて振り抜いた。
「僕が殺したのは、君のお母さんだけだよ」
 ごっき! と小気味良い音を立てて吹っ飛びながら、目だけはコチラを見て驚きと絶望と怒りと、あと何かそれらとは違う感情を込めた眼差しを送る。
「なに見てるんだよ」
 僕はその顔を踵で踏み抜き、ただでさえ形の悪い鼻を潰す。
「そんなに泣くなよ、今更お前の不味い顔が潰れたって誰も困りゃしないよ」
「……!」
「どうせお前も今から死ぬんだ」

 ガキ改めボンクラ改め木偶の坊が、這いずるように懸命に逃げ出した。だが僕は玄関を背にして立っている。中庭も離れも家の門も、ぜーんぶ僕の背中越しに見えている。この家の裏手は木々の生い茂った里山だ。逃げる場所も隠れる場所も、何処にもない。もっとも
「逃げて隠れるなら、そうしてればいいさ」
 どたばたとでばで、と膝と手のひらで惨めな音を鳴らす木偶の坊の背中に放り投げるように言い放つ。
「家ごと燃やせば済む話だ」
 ボンクラ坊やは八畳の和室に逃げ込んだ。平屋づくりで天井は高くないが、広さは十分だ。鼻からあふれた血と体液が一筆書きの迷路のように続いているのを辿っていくと、尻餅をついたままバタバタと逃げるボンクラ坊やの股間が黒く湿っていた。
「ああーあ、漏らしやがった。汚ねえな」
「た、たずげ……」
「なぁに? この家の男どもはクズばっかりだな。お前は自分だけ助かろうとするし、お前の親父は、お前の妹がレイプされて裸で泣いてるのを見てギンギンになっちゃって、自分の娘をレイプしようとするし。まあ、それで二人とも崖から落ちて死んだんだけどな」
「え、え、がふ、ごほ」
「お前の親父は、お前の妹を、ずっと狙ってたんだよ。ところが僕が先を越したもんだから、悔しくて自分も犯そうとしたんだ。お前の親父は、そういう奴だよ。自分の娘に後出しジャンケンで中出ししようとする、とんでもないクズ野郎さ。君は、その血を見事に受け継いでいるってわけだね。血は争えないねえ。イヤだねえクズの血は」

「絶っちゃえ」

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ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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