#不思議系小説 第181回「粘膜EL.DORADO 18.」

「待たせたな」
 僕はカマボコ板から受信した映像をマナ板くらいのサイズのタブレット端末に映し出した。露天商のみんなも一緒になって、押し合いへし合いしながら固唾を飲んで見守っている。

「死にたい奴からかかって来い!!」
 そう言いながら、マノが自ら走り込んで手近なところで棒立ちになっていた戦闘員の横っ面に左の掌底をブチ込んだ。
 相手の両足を結んだ底辺から三角形の頂点を描くように、右足を半歩踏み込んで右手で牽制の目打ちを放つ。仰け反って態勢の崩れた相手の顔面を目掛けて、軸足から溜めた体重移動のエネルギーに腰の回転を加えながら左の掌の付け根に集めて、撃つ。
 顎を通過点にして真っすぐ撃ち抜かれた左手が血まみれになって、市場の空に向かって突き上げられた。戦闘員の顎と鼻が砕けて噴き出した返り血だ。

 広場に敷き詰められた洒落た色合いのレンガに、ぽたり、ぽたり、と、どす黒い血の雫が鈍い光を放ちながら滴り落ちる。
 ぽたり、ぽたり、ぽたり。ほらまた、ひとつ、ふたつ、みっつ数える前に天国に。
 雫が落ちるのと、飛び上がったマノの足が戦闘員の延髄に食い込むのが、スローモーションになって見えた。タブレットやカマボコ板の不調ではない。ただ、そう見えたんだ。

 どう、と土煙をあげて倒れた戦闘員の背中を飛び越えるように、カーキ色の制帽に軍服という出で立ちの戦闘員が腰に差したサーベルを抜きながら切りかかって来る。マノは、それを右に向かって体を流してかわし、残った左足でカーキ色の土手っ腹を蹴り破る。
 特に鉄板やスパイクなどの凶器は仕込んでおらず、むしろ粛清軍の方が全身に鎖帷子や爪先の鉄板などを身にまとっているのだが……このカーキ色の軍服の下にも硬化プラスチック膜の耐衝撃性ベストを着込んでいたにもかかわらず、マノの前蹴りがいとも簡単にそれを砕き、ついでにカーキ色の肋骨も幾らかまとめて砕いてしまったようだった。

「ぐっ、ぐぼばが……!」
 蹲りのたうち回るカーキ色の無防備な顔面をブーツの先端で蹴り飛ばし、飛び散った歯と血しぶきを浴びながら振り向きざまに裏拳を叩き込む。今度は忍者のような黒装束に身を包んだ男が、似たような色合いに塗ったゲバ棒を持って忍び寄って来ていた。
 よく見るとゲバ棒と細い鎖で分銅が繋がっていて、それを振り回して使うらしい。が、それを振り回して使う前にマノがゲバ棒を掴み取り、膝で真ん中から真っ二つにへし折って放り捨てる。動揺しつつも今度は拳に仕込んだ鉄の爪で切りかかる。
 二度、三度とマノの頬や鼻先を、鋭い爪が襲う。よく見ると爪の先が白くほのかに濁りながら光っている。あれは神経毒、それも致死性の高い悪どいやつだ。
 一心会め、幾らトカゲの尻尾にするような手下どもとはいえ、ずいぶん陰湿なものを使わせるんだな。

 爪での斬撃をかわしたマノが、振り上げた忍者の右腕を内側から左前腕で押し受ける。肘の内側の神経節を打たれて動きのとまったところに右の順手から左手と順序良く顔面にパンチと張り手を撃ち込む。一瞬ぐらついた忍者の足を左右のローキックで狙い撃ちにして、左ロー、右ミドル、そして左回転のローリングソバットで胸板を蹴り上げる。
 この素早いコンビネーションキックは、マノが格闘を教わった学校の校長先生の得意技だったらしい。

 吹っ飛ばされた忍者が広場の壁に激突し、そのまま俯せに倒れた。
 が、マノはそれを信用せず、広場に出ていた露店の屋根によじ登って、忍者の背中目掛けて膝を落とした。背骨と肋骨と頸椎がそれぞれに砕けたりへし折れたりする音が低く、鈍く響き渡り、やはり死んだフリをしていたらしい忍者が今度は本物の断末魔をあげて、俯せのまま血を噴き出して昏倒した。

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