そこに並んでいた文言をボクは生涯、忘れないだろう。
これほど醜悪で、卑劣で、独善的な言葉たちは、後にも先にも読んだことが無い。
O.C.P谷町スリーナインの名において厳命する。
オーサカシティに跋扈する宇宙人マノを抹殺せよ。
このUWTB騒乱の全ての原因は、租界に住み着いた宇宙人とその一味にある。
オーサカシティ安全衛生平和条例ではオーサカシティ各地でのあらゆる戦闘行為を禁止している。各駐屯地の武装は防衛・守備の為であり戦闘行為を行うために配備したものではない。
しかしながら巨大生物の侵入を許し、あまつさえオーサカシティの平和を乱す凶悪宇宙人に対し適切に使用することをしなかったばかりか、自身の判断により湾内での戦闘行為を許した。
これらは複数の条項にまたがる重大な背信行為であり、その罪もまた非常に重い。
よって司令官ヴィック・クリス大佐は今回の巨大生物侵入、上陸。そして湾内での戦闘行為、シティの平和を脅かす宇宙人の一味を利した、その全責任を負うものとして、凶悪宇宙人マノを、このオーサカシティの平和のために抹殺せよ。
オーサカシティの平和を乱す脅威など存在してはならない。
オーサカシティは常に市民に対し安全と平和を約束している。
オーサカシティは平和を乱す侵略者や、それに与する人物、組織、血縁者、経済的共犯者を許容していない。
オーサカシティは平和で安全な、誰もが安心できる街でなくてはならない。
「誰もが、とはつまり、自分たちが、という意味か」
黙読を終えたマノが吐き捨てるように言った。
「……」
「……」
「……」
その場にいた全員が、それを肯定する様に黙り込んだ。
ミンミ母子は気まずそうに、司令室のソファに並んで腰かけて項垂れている。
ボクは力無く立ち尽くすしか無く、流石のあぶくちゃんも黙り込んでしまった。
イソガイとサメちゃんも顔を見合わせ、困惑を隠せないでいる。
ミロクちゃんは舎利寺のそばで彼の手当てをしている。
クリス大佐は煮えたぎるハラワタの熱が全身の血潮に乗って駆け巡っているような顔をして、怒りを噛み殺して俯いた。
マノは、そんなクリス大佐に背を向けて、拳を握ったまま小刻みに震えている。
誰もが自分の存在を嘲り、呪い、後悔した。
自分さえ、自分さえ、自分さえ、居なかったなら。
言葉さえ、心さえ、生命(いのち)さえ、無かったなら。
「クリス……僕が、僕があんたに会いに来なければ。僕を……僕を殺せ」
「……私が二度もお前を殴ろうとなど、思えるはずがあるか」
「クリス」
「お前は強くなった。お前には、守るべき人たちがいる。お前の命は、お前だけのものではない」
「あんただって……あんたの肩には、UWTB全員と、その家族や友達の命までが乗っかっているんだぞ」
「……」
「クリス。所詮、僕たちは流れ星。如何に輝こうと……堕ちる運命にあったんだ」
クリス大佐に背を向けたまま、マノが心をこぼし続ける。
「地球になんか、この街になんか……僕が来なければ。馬鹿みたいだ。楽しく過ごして、返信して、敵だと思えばやっつけて来た。それが、それが」
「私だってそうだ。この惑星の、この街の、このオーサカの人々と平和を守りたかった」
「クリス……決着をつけよう」
「マノ、私は」
「僕を殺せ」
「お前は私の」
「殺せ!」
「お前は……」
「……」
「……」
「ああーーああもう、まどろっこしいわね!」
永遠に続くかに思えた堂々巡りと沈黙を打ち破ったのは、あぶくちゃんだった。
「わかったわよ! あたしだって腹を括って最後まで付き合うわよ。地球人の寿命はね、アンタたちよりずっと短くて呆気ないのよ!? それをいつまでもモタモタモタモタ評定して、なんなのよ! さっきまでの勇ましいのはドコ行っちゃったのよ!」
「あ、あぶくちゃん」
「マノ! あたしはね、オーサカシティなんかどうだっていいのよ。あいつらの言ってることで気に食わないことは勿論あるわよ。でもそれ以上に、あたしはあたしの好きなものに囲まれて生きていたい。そのために日々の仕事やメンドクサイことも頑張ってるの。シティだか市長だか、そんな奴等のためじゃないのよ。自分のために生きられて、自分の好きな場所やモノと共に暮らせたら、それでいいの!」
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