OSAKA EL.DORADO 34.

「アイテテテ、すみませんすみませえーん!」
「あの、この団地どうなってるのかなって、えっと、その……」
 廊下の突き当りで浮かれた格好をした男女二人が、クソデカジャスティスの白装束二人組に腕を捩じられて連行されているところが見えた。
「黙れ、さあこっちへ来い」
「あのぉ、私たちぃ、配信専門インフルエンサーラブラブカップルみあ&タクでえ」
「ぼくたちまだ何も見てないんです、良かったらお話を」
「オイ、キャプテンに連絡を」
「全く……あとで散々なじられるのはコッチなんだからな。キャプテンは出役の時に裏方の仕事を振られたり呼び出されたりするのが大嫌いなんだ」
「え、キャプテンってあの」
「ええー、キャプテンってええ、キャプテン秣さあん?」
 その時、女の方がわざとらしくキャプテン秣、という名称を強調し叫んだ。そこで白装束が、こいつらが侵入しながら配信していることに気付くと
「その端末か!」
「(うじゅるっ)」

 捕まった男女二人組も、どうやらインフルエンサーらしい。
が、そんなことより、今、インフルエンサーの女が持っていた端末を一瞬で飲み込んだ緑色の物体は、一体なんだ!?
 水のようで、水ではない。
 個体のようで、個体でない。
「ああーっ私のおギャラクティカクラシックぅ、返してくださいいい! えーもうサイアクー」
「これは没収だ」
「そんなあ! それ個人の契約所有物でえ、支払いと所持の証明書もお、ちゃんと」
「来い!」
「え、ちょっと、ぼくは」
「お前も同じだ」
「そ、そんな、ぼくは撮ってない、こいつの端末で全部配信とか撮影は」
「ひどおーい! ねえーお願いですから返してください、それまだアンバサダー契約残ってて、こんなことお話するのは本当はタブーなんですけど、まだ返さなきゃいけないんです……」

「お前らがタブーになるのは、これからだ」

 頭の上にでっかいハテナマークを出した二人組のインフルエンサーはレンタル品の最新型端末と自分の身柄かわいさに、あの緑色をした物体には全く気が付いていなかった。そこまで気が回らないとでもいうべきか。この期に及んで、女の方は配信チャンネルや収益、どこぞの店から貸与され見せびらかしてきた新型端末のことばかりを心配している。

 男の方は、自分の身柄だけを心配し、必死に無実と無関係を訴えていた。

「どうしたんだい、舎利寺」
「サンガネさんよ、やっぱりこの団地おかしいぜ。いまインフルエンサーのつがいが奴等に取っ捕まった。何処かへ連れて行かれるようだ……なんだか妙な気配もする。後をつけてみよう」
「そうか、わかった。くれぐれも気を付けてくれ」
「舎利寺、それってもしかして例の実験じゃあ」
「うむ。緑色の物体が奴等の服から出て来るのが見えた……もしかすると、もうここは」
 体内の骨伝導通話装置で声を出さずに通話出来る舎利寺だったが、短く詰まったような息を漏らした。
「取っ捕まったつがいが小部屋に連れて行かれた……」
「いよいよ実験体のおでましか……?」
「さあな。奴等、お前らもタブーになるんだ、とかなんとか言ってたぜ」
「その部屋の中で何かされるのは確かだな」
「舎利寺、透視能力とかは無いのか」
「無い」
「サンガネ、なんで付けなかったんだ」
「要ると思わないじゃないか、そんなの」
「要るに決まってるじゃないか、そんなの」
「どうしてさ」
「どうしてって……ここにどれだけのセクシィでピアスバチボコのお姉さんが居ると思ってるんだ! 透視能力があれば」「ちょっとマノさん、うちの舎利寺を覗きの道具に使わないで下さる!?」
「み、ミロクちゃん」
「舎利寺さんの体は、あなた達のものじゃないのよ! おわかり!? よくも私の舎利寺さんを……」
「ミロクちゃん、落ち着いて……痛(い)たたた、なんでボクが! ほらマノ、謝って!」
「わ、わかった。わかったから、ミロクちゃん僕が悪かったよ、ごめんて!」
「あーもう、うるさい! こんなときに人のアタマの中で喧嘩をするな!」
 どうも今のドタバタを骨伝導通話装置で受信してしまったせいで、舎利寺は全身の骨が震えて大変だったようだ。

「イエーーッ、みんなありがとう! また会おうな!!」
「おお、ホンマありがとう! めっちゃアツかったわー」
 舞台の上では退屈なラップバトルが終わり、退屈な褒め言葉を抱えた栗永がノコノコとマイクを持って歩いて来た。満足げな顔のキャプテン秣は、どこか少し引きつった顔に見える。
「こないだ番組に出てもらった時もさあ!」
 キャプテンがお得意の自分の番組と出演者を自分で褒めてさらに次のイベントや番組を宣伝する展開に持ち込み、その賞賛の裏付けに自分の感想と称して、何処かから古臭い批評か手垢まみれの美辞麗句を引っ張り出して来たような提灯記事をインフルエンサーどもが一斉にアップし始める。この薄ら寒い現象すら、ネット上でのフェスと言うことになっているらしい。
 こんなことにでも、オーサカシティ健全文化振興推進協力団体になら、何ギガバイトでもデータ通信が使用出来る。勿論そのしわ寄せは、それ以外の、オーサカシティが「まだ」健全と認めていない連中か、そもそも認められない集団に来る。
 もっとも、このカマボコ板のようにオーサカシティの管理の外側にある独立回線OUTER HAVENを使用していれば、そのようなしわ寄せの心配も無用というわけだが。

 千島団地の3号棟、一見なんの変哲もない古い団地。
 だが、その一室からは女インフルエンサーの悲鳴にも似た叫び声が聞こえるとか、聞こえないとか。
 そしてもう一つ。舎利寺のイヤーセンサーが捉えたおぞましく不気味な音。それは
(うじゅるうじゅるうじゅるうじゅる……)
 ざわざわじゅるじゅる、と粘着質の何かが蠢き合い、混じり合い、さざめいている音。
 さっきの緑色の物体と同じだ。同じ音がする。同じ気配がする。この部屋の中に、この団地の中に、一体どんな奴が蠢いているんだ……?

「いやあああああああ!」
「やだ、やだやだやだやだ助けて、助けてください! だずげ……だ、ぶぐごぼぉべ」
 ひんやりとした鉄製のドアがビリビリ震えるような若い断末魔が二人分、舎利寺に向かって飛んできた。もはや疑いの余地はない。

「イヤアアアアアアア!」
「オエ、オエオエオエオエもっと叫べ、叫んでください! オーサカシティ万歳万歳!」
 踊り狂う観客と、それを夢中で撮影しコメントを付けて投稿し続ける空虚な時間だけがぼわんとした熱を持って過ぎてゆく。ワッショイも端末を構えたままステージを見て、またそれを抱え込むようにして投稿している。
 
「舎利寺」
「マノか」
「今どこ」
「3号棟」
「悲鳴は」
「この中」
「行くのか」
「……ああ」

「栗永君、どうも厄介なことになったようだね」
「え、何か進行まずかったですか?」
「いや。君の仕事は相変わらず完璧だ。だが、別の仕事で此処に潜り込んで来た奴がいる」
「空を飛んできたアイツですか」
「いや。そいつはさっきから客席にいる。それ以外にもどうやら妙な奴がいたんだ」
「……どうするんですか」
「どうするって? もう遅い。どうにかしたよ、とっくにね」
「お疲れ様でえっす!」
「失礼しまっすう!」
「脱サラ親父インフルエンサーの感謝感激、島秀樹でえっす!」
「同じく中年独立インフルエンサーでニコニコえがおアーティスト、春夏秋冬ハル・ミチヲでっすう!」
「あのーーお取込み中すみません、いまよろしいでしょうかあ」
「突撃舞台裏インタビュー、って感じなんですけどもお」

 千島団地3号棟1階貸事務所跡をブチ抜いて改装したクソデカジャスティスのサテライトでありキャプテンと栗永に用意されたイベント用控室に、頭髪のかなりわびしくなった頭から下膨れた顎の先まで真っ赤にして脂っこい汗で光らせた島と、無様な中年太りの腹を抱えてぜこぜこ言いながら造り物の愛想笑いをするミチヲが、口角泡を飛ばしながらたどたどしくがなり立てた。二人ともかなり緊張している反面、内心ではこの稼業も、目の前の栗永とキャプテンも、同業者の若者たちすらも軽蔑しているのが見て取れる。
 単に家庭も持たず年老いた両親や親類縁者から疎まれ、職場でも居場所が無く食い詰めた挙句の安易な転身組だった。が、そんな連中でも栗永とキャプテンは油断せずソツがない。
「ええー!? 困るでしかしこんなとこ入って来ちゃあ!」
「いやあーまいったなあ、今まさに今日のイベントについて話してたのにい!」
 わざと声高に言いながら、笑顔で席を立って二人の元へ歩み寄る栗永とキャプテン。ついで島の構えた端末とミチヲの持つビデオカメラに向かって
「じゃあー手短に、どんなこと聞きたいん?」
「もしかしてあれかな、このイベントを開催するにあたっての意気込みとかじゃなくてさ、なんか誰か何かやらかした話、とかのがいいんじゃないのお?」
 と水を向けるサービスの良さ。
「やらかしてるって言ってもねえ、割とボクらいつもやらかしてるしねえー!」
「こないだも俺の番組でさあー!」

 舎利寺の手が、銀色のドアノブにそっと伸びる。電撃や爆発物の仕掛けは無いようだ……少なくともアイセンサーに反応は無い。静かに、そっと握って回してみるが当然のように施錠されている。カギ穴は無く、電磁ロックによる自動施錠システムが働いているらしい。
「デンキ室だ」
「デンキグルーヴ?」
「この団地の電源を落とそう」
「まって舎利寺、そんなことをしたら大混乱になる……ステージが盛り上がってる方が都合がいいんだ。何か他の方法を考えよう」
「そうか。サンガネさんよ、それなら二番目の方法で行くぜ」
「どうするの?」
 スピーカーの向こうでドアノブらしきものが、何か強力な力によってバキリと破壊されたような音が聞こえて来た。
「お見事」
「なるほどね……」

「オレ元々インフルエンサーから始めたやんかあ、ほんで最初ボランティア広報っちゅうカタチでシティの窓口まで取材に行ったんよね。やっぱイベントとか、ライブの現場も取材しつつ、オーサカシティの動き……今の文化指標がどういう地点に定められてるかっていうのを伝えたかってん。そういうことしてる人おらんかったから。せやから、なんやろな、インフルエンサーっていうのは結構バカにされたりとか、まだまだ認められてないし、けど逆に言えばね、まだまだ成長できる、自分を試せる分野だとも思うんでね、まやっぱ可能性っちゅうか、そこをもっと見ていきたいな、と」
「栗永君の場合、賢かったのは最初から行政に触れたがらなかったことだよね! 文化の発信地、現場側の立場からアプローチをした。だから、オーサカシティの健全文化推進局の方でも、逆に外から見た彼の意見は凄く参考になるということがわかったし、そこには栗永君のプレゼンとか資料作成の上手さなんかもあるんだけど」
「そういう時にキャプテンと知り合って、最初からわりとお互いのね、やりたいこととか見えてたし」
「だから決して仲良しコンビじゃなくってさ。すごく高め合えるし、補い合えるし……そういう人とは、自然と仕事してて楽しくなるよね」
 そこへ、白装束のクソデカジャスティス構成員が中年インフルエンサーの元へソソと近寄り、今回のイベントように作られたロゴ入りノベルティグッズのプラスチック製マグカップ(物販ブースにて販売中1個2000円)を差し出した。
「お茶をどうぞ……」
「あっ、これは、どうもありがとうございまっすう! わあーっ、公式グッズのマグカップですねえー!」
「えーなんと、突撃取材にもかかわらず神対応でえっす!」
「変わったお茶ですね、実にスパイシーというかあ」
「うん、ピリッと来て刺激的でえっす!」

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