ニューシネマ・パラダイスシティ 第3回 「Birth Day(1)」

最近、昔なつかしいラブホテルからのメールマガジンが届くようになった。

そのホテルは遠距離恋愛をしていた頃に、彼女の地元でよく利用していたホテルだった。
別れるときにメルマガなんぞ解除するのも億劫で受信拒否だけしていたのだが、先方のメールアドレスが変わったらしくまた届くようになった。

ホテルそのものの名前も変わっていて、以前はすっぴん貴族というちょっとおどけたような名前だったのが、如何にも大手傘下っぽくて無難なBirth Dayというものになってしまった。

もう十年以上も前になるのか。
懐かしいのはホテルより、むしろ別れた彼女のことだった。

色は白く餅肌で、ぽっちゃりしてて胸はGカップあった。明るい茶髪をショートにしてて、でも趣味や性格はどっちかといえばネクラで、もと風俗の仕事をしていたというので大抵の望みは叶えてくれた。

そして、彼女は既婚者だった。

当時まだ幼い娘がいて、旦那はその頃で四十代後半。

出会い系で知り合って出来ちゃった婚をしたが借金まみれと知り、今さら別れるのもしんどいのでネットの掲示板で後腐れのない相手を探していたという。

その相手というのが私だった。

流石に旦那はトシで、しかも毎晩仕事で帰りが遅く寝込みを襲われてそのまま果てるだけだというので面白くないという。

こないだなんか起きたらパンツ降ろされて入ってた、と彼女はカラカラ笑った。

出会ったのは五月の末。

その夏はたびたび彼女の地元まで名神高速を飛ばして会いに行った。日に日に朝が早くなり、混み合う前に彼女の娘が通っている保育園と役場がある広い砂利の駐車場に着く。

そこで彼女がやってくるまで寝て待つのだ。

そして子供を預けた彼女が運転席の窓をコンコンと叩くと起き出して、近くのホテルに行く。毎回この繰り返しだったが、それはそれで充実していた。

彼女も楽しそうだった。その時に利用していたホテルが今頃になってメールマガジンを寄越し、書いてもいない懐かしい思い出に引きずられて今これを書いている。

外は雨だ。

低気圧のせいで気だるく、半端に覚めつつある眠気と量はあるが粗末な夕食がせめぎあう嫌な腹具合のまま寝そべっている。

人生で最もムダな時間だ。

そうしている間にも瞼の裏側が銀幕になって、あの日のことを延々と映し出している。

梅雨前の少し強い陽射しの中を小走りでやってきた彼女は早くも汗ばんでいて、その吐息の暑さと湿った素肌の感触をエンジンをかけたまま浴びるように感じた。

黒いロングスカートに白いTシャツ、その上に水色の薄い半そでのシャツを着ていた。

暑いー、と汗と髪の毛をかき上げると袖口から処理の甘い腋の下が少し見えた。

周囲の車に乗っている人はほとんどいない。

そりゃあそうだ、駐車場だもの。そして役場に用事があってくる人ばかりだから、みんな降りて建物の中に入ってゆく。そんな中でこの他県ナンバーの小さな日産の車の中で、こんなことが行われているとは誰も知るまい。

隣の車の窓に彼女の後姿がうつる。

そのまた隣の窓にもうつる。

サイドミラーにもうつる。

唇と唇がこすれ合う淫靡な音が響く。音は糸になりわずかな窓の隙間から、エアコンの通風孔から、外の世界に漏れてゆく。途切れることのない白く湿った糸が二人の衣服をほどいて、しゅるしゅると歌うように伸びてゆく。

地味な顔立ちとは裏腹に体の奥底でうずまく淫らな性を解き放ったときの表情は実に豊かでいやらしく、そのギャップがまたこっちの体と心を熱くさせた。

淫靡な匂いがしみついた欲望の糸で雁字搦めになったまま唾液を移し合い、舌の先が彼女の喉の奥から肺まで伸びてタバコくさい二酸化炭素を浴び続けた。

彼女はひどいヘビースモーカーで、セックスをしている時以外は殆どタバコを咥えていた。

ホテルの部屋でもひっきりなし。

そんな体も肺も汚れた彼女だったが、自分にはちょうど良かった。

自分より少し年上だがまだ十分に若く豊満な肉体に何でも許してくれるセックス、ホテル代も半分出してくれていたし。

彼女との時間は限られていた。

彼女の生活の隙間に入り込んで、彼女の体にも這入り込んでいた。

彼女のやわらかなヴァギナから、そしてホテルの自販機で買った安い潤滑液で肛門から。

やがて運転席と助手席で貪り合いまさぐり合うのに物足りなくなると、駐車場を出てホテルに向かった。

ハンドルを握る指先から彼女の匂いがふわりと届く。

エアコンの風にそれが混じって、車窓を流れて行くただの狭い路地に色をつけてゆく。

ホテルに向かう途中の道を今でも覚えている。

脳の中に広がるあの日と変わらない街をあの日と同じ車で走ってゆく。

大きな国道のバイパスからハンバーガーショップの角を左に折れて、大学の前を通って川沿いの堤防道路に出る。

右手に大きなショッピングモール。

それを通り過ぎて堤防を降りたら交差点を真っすぐ。

水色の歩道橋の交差点を左に曲がって高校の前を通って、茶色い細長いマンションがある三差路を狭い方に右折しぐるっと回り込むようにしてホテルに入る。

住宅街にあるホテルだから目立たない入り口になっている。

だが真正面は普通に民家の車庫だ。

あの車庫の向こうには玄関があって、そこに出入りする普通の生活があるのだろう。

どんな家族が住んでいるのか。

どんな顔の家族なのか。

構成は? 稼業は? 知る由もない赤の他人どころか死ぬまで会わないような人間がそこにいて、生活をしている。

自分と彼女だってそうだ。

死ぬまで会わなかったかもしれない人を裸にして、お尻もヴァギナも口からも体を挿し込んで一つになろうとする。

そんなことが起こっているとは露知らずか、それとも最早慣れっこなのか。

その家の車庫はシャッターが固く閉ざされたまま死んだように静まり返っている。

梅雨時の少しどろりとした黄色っぽい陽射しの中を日傘をさした老婆がゆっくり、ゆっっくり歩いてきて、そのシャッターの前を横切った。

ゆっくり、ゆっっくり歩いて、

シャッターの真ん中まで来て、

不意にこちらを振り向いて、
にたぁ

と笑った。

その口には歯も舌もなく、その相貌には目玉がなかった。

目鼻と唇の形だけが残った顔をした木偶老婆は何かの動物の細い骨と皮を繋ぎ合わせた粘膜日傘で黄射日光を遮りながら、

風も無いのに蠢く白髪頭をわにわにいわせて。

またゆっくり、ゆっっくり歩いていった。

いずことも知れぬ追憶の街のどこかへ。

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