ニューシネマ・パラダイスシティ 第4回 「Birth Day(2)」

 ホテルの駐車場は遅い午前中にもかかわらずそこそこの台数が埋まっていた。

 バタン、とクルマのドアを閉める音がビニールの衝立に跳ね返って大きく響く。

 自動ドアをくぐって無人のフロントへ。

 パネルに表示された部屋のランプも消えているところが意外にある。

 どこにする、と形通りの事を聞いてみる。

 いつも特に決まってないが、今日は六階の部屋に決めた。プリントアウトされた部屋番号の紙切れには見たこともない数字と記号の羅列が印字されていた。

 それを持って上がり専用エレベーターに乗り込む。

 ドアが閉まる、

 ボタンを押す、

 肩を寄せる、

 唇を塞ぐ。

 小さな四角い箱が上へ上へと進んでゆく。箱の周りは真っ黒に塗りつぶされて闇の中。薄暗いエレベーターの中だけが二人の世界。

 上に進んでいたはずのエレベーターが空回りして真っ暗闇の四角いパイプで右往左往大往生。

 進んでいるのか、戻っているのか。

 昇っているのか、落ちているのか。

 二人のキスは止まらず絡み合う舌が溶けてタバコ臭い唾液で喉の奥まで満たされてゆく。

 かこん。

 とドアが開く。

 薄暗い廊下の突き当たり向かって右の奥からパカッパカッと音がする。

 どうやらそっちが部屋らしい。

 点滅する部屋番号のランプ。

 外観は新しくて綺麗でおしゃれでも、そういうところが意外と昔ながらのままだったりする。そんなちぐはくなわかりやすさとどこか抜けてるところが愛おしい、そうここはラブホテル。

 もう部屋の前まで来たのなら、細かいことなど言わなくなるものだ。

 手を繋いでドアを開け、暗いままの玄関で靴を脱いで部屋に入る。

 テレビと有線放送も消さないでそのまま貪り合ってソファに倒れ込みシャツの裾から手を入れる。汗ばんだ乳房を掴んで、自分をまさぐる彼女の手つきに応えて。

 
 ソファからずり落ちるようにして彼女の下腹部に跪き、スカートをまくり上げて主婦っぽい薄いグリーンの綿ショーツを降ろすと、旦那や他の男が見てきたのと同じ場所が少し湿った匂いと共に現れる。

 この季節、汗をダラダラ流しているうちはまだまだだ。

 それがいったん乾いて、

 さらに汗で湿って、

 を繰り返してからが本当のお楽しみ。

 乾きと湿りを繰り返し行き場のなくなった芳香がさらなる分泌液と混じり合って下着の中でせめぎ合う。それを解放してやるのだからたまらない。

 彼女の匂い、彼女の味、それがすべてだ。

 これを洗えだの臭いだの汚いだの言う奴の気が知れない。

 お前はショートケーキのイチゴとクリームをどけて食うほどのバカなのか、と言いたい。

 これが楽しみで生きている。

 風呂上がりのビールと同じだ、風呂前の美女だ。

 顔を近づけるだけで鼓動が早くなる。

 鼻の奥、

 肺の深いところまで彼女の匂いで満ちてしまえばいい。

 まるで嵐の前に潮風を吸い込んだような気分で彼女のなかへ潜り込む。

 差し込んだ舌が粘膜の海を泳ぎ回る。

 突起も溝も這い回るピンクの舌平目がだんだんぼわんと熱を持ってくる。

 血管の中に充満した疲労物質が舌の先から付け根までを突っ張らせ、周りの筋肉を痺れさせる。鼻先まであふれた波打ち際がさらに深くなってゆく。

 やがて舌の先は感覚を失くし、真っ暗で温かな闇を彷徨い始めた。

 舌と襞の境目がわからない。

 力を入れても進まない。

 右にも左にも動けないつもりなのに彼女の声は止まらない。舌が勝手に離れていって、彼女の中を泳いでいるのだ。
 目を閉じて付け根だけになった舌を動かすつもりで脳を搾る。夢中で顎と首に力を込めて、グーーっと開いて押し付けていくと、突然

 ゴキリ!

 と後頭部と首の蝶番の部分から低く鋭い音がして、脳の皺の奥から染み出た薄黄色の汁が脳と頭蓋骨の隙間を伝って延髄に滴り落ちる感触がした。

 その雫がやがて背骨を通って肩から肘、

 手のひら、

 指先まで。

 そして背骨の下、

 腰から膝、

 つま先まで冷たい感触が走ってゆく。

 それと同時にストーーンと体の力が抜けて、そのまま彼女のなかにうずもれて行く。

 目を閉じていたのか、

 もう開かなくなったのか、

 開いていても真っ暗なのか。

 それすらもわからない。ただ今はこの温かさだけが心地よく、何もかもが遠ざかって行けばいいと思った。

 そこでハッと目が覚めた。

 気が付くと枕に突っ伏して眠っていた。

 何年も前のことなのに鮮明に、五感のあらゆる部分で彼女の事を思い出していた。寝ながら垂らした涎で口の周りと枕がやるせなく臭い。

 彼女、もう幾つになるかな。そして彼女の娘も大きくなっただろうな。

 別れは突然やってきた。

 彼女の旦那にバレたのだ。

 そして電話口の向こうから、彼女が現在妊娠していると告げられた。

 私と旦那以外にも関係を持っていた男が数人いたということも。
 結局父親はわからずじまいで、一切の責任を免除されるかわりにそれっきり連絡を取ることは禁じられた。

 あの時、あんなに楽しくて、好きだと言ってくれて、受け入れてくれていたのに。わからないものだ。

 それを知らせて電話を切ることが、あの旦那の復習だったのかも知れないな。今となっては妊娠の真偽だってわかったものじゃない。

 回りくどい方便だったのかもしれない。まあ、今さらどうだっていいか……彼女のタバコの匂いを思い出しながら夢の続きを繋いでみる。

 目が覚めてから急速にひび割れて、粉々に砕けてゆく景色を映すVTRが回る。

 赤い花びら、

 這いずる平目、

 快晴のバイパス、

 潮騒の匂い。

 彼女から産まれるみたいに顔を上げたら、そこはホテルBirth Day。

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