第37回「Watermelon Man」

 砂漠の彼方には楽園があると言われている
 風に吹かれ陽射しに灼かれた顔をした老人が陽炎の揺れるほうを指さして震える声でひゅるひゅる語るには、この砂漠を越えたオアシスは地上に残された楽園で泉から澄んだ水が溢れ色とりどりの果実が実る森があり日が暮れると夜空にオーロラが踊り月が歌う。そんな場所が遥か彼方に存在するという
 だがしかし砂漠には環境の激変による突然変異(ミュータント)が巣食っており、楽園を目指し足を踏み入れた者は数多いが生きて戻った者はいない
 かつてこの惑星(ほし)の大陸や島々にジンルイという種族が栄えていた頃の遺物がそのまま放置され、ミュータントたちの住まいやエサとなっている。この地に残された言い伝えを語り終えた最後の老人は虚空を見つめたまま再び何処ぞを指さして、そのまま絶命した
 砂混じりの風だけがそれを見てひゅるひゅると笑った

 ヒョッ
 ホョッ
 フョッ
 如何にも捉えどころのない声がして、振り向けばそこにはスイカ男。顔がスイカで頭が割れている男。タネをこぼしながら、皮がぽろぽろ割れながら剥がれながら、男は奇妙な声をあげ歌う。風に手足をとられて踊る
 ヒョッ
 ホョッ
 フョッ
 如何やって表したものか、困ってしまうような声の正体は一匹のカメレオン。退屈で狡猾で生活がカツカツのカメレオン
 砂漠の色のカメレオン
 乾いた地面とカメレオン
 奇妙な声で歌うカメレオン
 目玉は虹色模様カメレオン
 体の色は変わっても心の中身は変えられない。流されるままに生きてきたのに上手く世渡りしたつもりでドン詰まりに追い込まれて、目先の欲望から目を逸らせずに目玉だけがクルクル回っているカメレオン
 針の飛んだレコードのようなカメレオン
 カワイソウ? カメレオン

 果てしない砂漠の何処か片隅に打ち捨てられた十六輪の大型陸送用装甲車を、今まさに丸飲みにしようとする生物がいる。直径二メートルほどの筒状海綿イモムシがミュータント化したもので、元は軍用の生物兵器で直径も大きいもので十センチほどのものだった。しかしそれでもこいつらを敵陣営にバラ撒かれると凄まじい勢いで主食である鉄や金属を求めて這いずり回り、あっという間に銃でも砲台でも戦車でも食い尽くしてしまうという怖ろしい奴等だった。だがそれが終戦の間際になって変異を起こした。慢性的な鉄不足に陥った両陣営で様々な改良と遺伝子操作が加えられた結果、爆発的な増殖と飛躍的な巨大化が同時に引き起こされた
 奴等は瞬く間に戦場の重火器も鉱山の採掘用重機も何もかも手当たり次第に食い尽くして、エサを求めて何処かへと移動を開始した
 直後に勃発した取り返しのつかない事態により戦争は終わりを迎えたが、結果としてこの惑星の文明も一度ここで途切れることになった
 未来永劫、もう二度と新しく鉄や金属を採掘し何かが作り出されることは無くなった。少なくとも数千年の間は。後に残された荒廃した地上の全ての鉄や金属を食い尽くしたら、こいつらはどうなるのだろう

 砂漠の真ん中に立ち尽くす老人がひとり
 幻影か、妄想か、青々とした水をたたえたオアシスが湧き出たほとりに呆然と、空を見上げたまま風に揺れる枯れ草のような老人がひとり
 棒切れのような細い足に蔦が巻き付いて
 膝から肩へと伸びて
 オアシスのスイカが葉っぱを広げて
 砂漠の陽射しをサンサンと浴びて気持ちよさそうに砂混じりの風を浴びて
 首から顔中に蔦がまとわりつき、口から鼻から空っぽになった目玉から這入り込んだ蔦が肉と血液と脳を養分にして頭の中で育ったスイカに内側から圧迫されて割れた顔がスイカみたいになった老人
 砂の海に倒れても、湖のほとりに転がっても、それを悲しみ弔う人も残らなかった。この砂にうずもれた世界の、最後のジンルイはスイカになって死んだ

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