シャガンデ マチヲ ミル
これくらいの背丈だった頃を思い出す
マンションが増えた、信号機に矢印が付いた
銀行の名前が変わった、コンビニが出来てなくなった
ずっと夕暮れだけを見てきた
ずっと夕焼けの空を見てきた
僕は夜が好きだと思っていた
ずっと夜ならいいと思ってた
滅茶苦茶になった部屋。ひっくり返ったテーブルとお椀からお味噌汁がこぼれて畳に飛び散ってる。あのお豆腐と僕は今そっくりだ。ボロボロになって畳に突っ伏して泣いている。悲しくはない、怖くもない、惨めでも悔しくもない。
そんな気持ちはとっくに壊れてしまっていた。
どうしてこんなことになったんだろう。どうして僕ばかり、こんな目に遭うんだろう。いつもいつも、地雷原で綱渡りをするみたいにして生きていた。何か一つでも踏み抜いたらシルベスター・スタローンの映画みたいに次から次へ地雷が爆ぜて、僕は奴の気が済むまで好き放題ズタボロにされてまた泣いた。
家族で出かけていても、お店屋さんでも、お風呂場でも、ご飯を食べていても。
何か一つ気に食わないと手が飛んできて、次は足が降ってきて、モノは舞うしお味噌汁は頭にかかると髪の毛に具と味噌が絡んで酷く熱い。頭皮を火傷したまま手当もされず引きずり回され、顔も体も腫れあがってアザだらけ。
高速道路で事故があったとニュースが流れると、アイツが死んでると良いなと思ってた。だけど無情にも、アイツはいつも無傷で帰ってきた。だけど無暗やたらと暴れて僕は無傷じゃ済まなかった。
怒鳴り声と拳とつま先がめり込んだままの心と体が醜くいびつにゆがんだまま膨れ上がった。真っすぐねじれたカタルシス。
イマデモ ユメニ ミル
あのくらいの背丈で耐えていた
わがままに生み出され、殴られ蹴飛ばされ
傷ついても罵られ、散々な理不尽を浴びせられ
ずっと夕暮れのような気分だった
ずっと夕暮れでいいと思ってた
何も望ませて欲しくなかった
何かいいことがあった日は、その夜こっぴどく殴られた。俺がここまでこれだけしてやったのに、お前は何もしないしわかってない、と言って拳と足が飛んできた。自分で勝手にやったことを、いつの間にか貸しにされたうえに暴利がついて、家庭内暴力と暴言による虐待が奴の中でだけ正当化される。
お前がキライでやるんじゃないんだ
お前が憎くて殴るんじゃないんだ
お前がお前がお前がお前が
自分の乱暴狼藉の理由なんて自分以外に持ちえないだろうに
全部ひとこと目にはお前が、お前が
そうやって自分のやったことから言い逃れたつもりで
安酒とタバコでご満悦
こんな奴早く死ねばいい、本当に今すぐに殺してしまおうと何度も思った。
寝る前は首から肩、腰、足まで入念にマッサージをさせられた。もういい、とも、ありがとう、とも言わない。酔いが回って寝るまで続けさせられる。途中で寝たと思って手を止めると途端に拳と足が飛んできてまた部屋中引きずり回されてお前がお前がお前がお前が
歯槽膿漏と酒臭いのが混じった寝息のこもった和室に敷いたマットレスで、コイツが大いびきをかいている。いま包丁を突き刺せば、いまガスのコックをひねれば、いま首を思い切り絞めれば、いま濡れたタオルを顔の上に乗せてみたら……?
いつもそんなことばかり考えていた。
毎日、毎日、親を殺すことばかり考えていた。
死なないかな、殺したいな、内なる悪魔が日に日にそれを吸い込んで膨れ上がるのにも気づかないで、
憎むことで塗り固めた殺意の足枷を後生大事に抱えながら背だけが伸びて、
そうこうしているうちに父親の方を取り換えることになった。
離婚し家から叩きだされたあとも、慰謝料や養育費の類を支払ったという話は聞かない。それどころか週に一度、土日だけは泊まりに行くという約束をさせられた。これに束縛され、少しでも遅れたり連絡が取れないとまた殴る蹴ると罵詈雑言。こんな週末があってたまるか。でもあったんだ。
他のみんなは出かけたり遊んだりしているのに、朝から晩までじっと耐えていた。たまに遊びに行けるときも本当に解放された気分になんてなれずに、帰ったら何を言われるのか、殴られないか蹴られないか怒られないか、そんなことばかり考えていた。
つづく。
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