第12回「君を迎えに行って15分後、僕たちは海の見えるラブホテルにいた」

喧騒。
渋滞。
リゾートホテルとマリーナとショッピングモール。
小春日和。
 小魚みたいな軽自動車とエコカーの群れの中をクジラのような大型トラックやトレイラーも行き来する海沿いの国道は、この先にバイパスが繋がるまでもう暫く混みあうままだろう。だから抜け道を通って来た。旧道なので狭いし、急なカーブと坂道の多い古い道。
 ふもとで国道に合流する、その交差点で信号待ちをしている時。
「それ」
 が急にやってきた。ゆわん、と視界がぼやけて揺らぐ。ふと顔を上げて目に入る景色が全部うっすらと青い。まるで安いフィルムを被せたように、空も海も道路も対向車も信号機も、全部うっすら青い。少しだけ心臓がドキドキしている。
(うわ、来た。これだ)
 信号が変わった。よりうっすらと青くなったランプを見て、僕はアクセルを踏み込んだ。
 エンジンの音、窓の外を通り過ぎる風の音も青い。

 快晴の日曜日。田舎町のことでがらんとした駅前の駐車場にクルマを停めて改札に向かう。手元の端末でアプリを開く。
 これで行くにゃんっ
 と送られてきた時刻表のスクリーンショットが近づいたり遠ざかったりしてチカチカ光る。予定の時間まであと2分。南口の柱のひとつに寄りかかって、今日までのやり取りを読み返す。君の返事が君の声で、僕の便りは誰の声で?
 午前11時58分。
 銀のステンレスボディにオレンジのラインが入った快速が轟音と共に滑り込んで来た。約束の電車だ。わらわらと改札から出てくる有象無象から潮が引くようにピントが外れて、その青い雑踏の渦の真ん中にいる君をとらえた。
 白い長袖のワンピースに水色のレギンスを穿いて、小さなカバンをちょこんと持っている。毛先だけ赤いつやつやした黒髪を肩まで伸ばして、それが昼前の陽光を浴びる白い素肌によく映えていた。
「久しぶり」
 頭の中で聞くよりも少し低くて甘ったるい君の声。
「元気そうだね」
 ぎこちなく、誰のだかわからないくらい空っぽな僕の声。
 クルマ、こっちだから。と歩き始めた僕の左手からすっと指を絡めてきた君の瞳がまだ青い。

車の中には僕と君がふたり
今ここに君がいて
今日このあとどこに行って
なんて、誰も知らない
知らない人と知らない場所と知らない時間が
誰にも知られずに流れてゆく

 助手席の君を信号待ちの間にじっと見る。いつもよりうっすら青い景色の中で、君の白い素肌と切れ長の眼差し、つんとした鼻先と薄い唇がやけに鮮やかだ。
「いつもホント可愛いよね」
 顔を見てもこんな青臭いセリフしか出てこない。
「えへへへ、ありがと」
 もっとうまく、いろんなことが話せたはずなのに。
 前髪をかき上げながら君が微笑む。
 エクボと八重歯が同時に出る、僕の一番好きな笑顔。
 駅からホテルまではすぐだ。海沿いの国道へ戻りながらお互いの近況を話したり、聞きたかったことを訪ねたりしているうちに目の前に見えてきた。
 タイミングよく右折して坂道を少し下って、ガレージに車を停めて出るともう潮騒が届くぐらいの距離に海がある。
 ここは数年前に元あったフツーのリゾートホテルを改装したので、どの部屋からも海が見えるのがウリのホテルだ。綺麗で広いし、部屋によっては料金もリーズナブルなのが魅力だった。そのためか日曜の昼だというのに結構混んでいて、ちょうど僕たちが自動ドアを通ったときにもパネルで部屋を選んでるカップルがいた。
 いらっしゃいませ!
 お好みの部屋番号をタッチしてください!
 いらっしゃいませ!
 お好みの部屋番号をタッチしてください!
 いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!
 お好みの部屋番号! お好みの部屋番号をタッチして
 タッチ! いらっしゃいませ! お好みのお好み番号を部屋っしゃいませ!
 鼓膜のところで音声案内が渋滞して、玉突き事故でも起こしたみたいに次々混ざって、三半規管でクルクル笑う。
 先客のカップルがやっとお好みの部屋番号をタッチしてエレベーターに乗った。
 僕たちもパネルの前にやってきた。結構、高いところから埋まっている。
 向井秀徳じゃないけど6階の部屋にした。603号室。
 パネルの下から差し出されたルームカードを受け取って、振り返ると無人のフロントに飾られたプリザーブドフラワーが青く揺れた。薄暗い間接照明に沈むように、廊下の奥にはエレベーター。
 僕たちもそれに乗り込んだ。ボタンを押して、ドアが閉まった。
 何か話しているようで話じゃないような話をしていたら6階に着いた。
 足元の非常灯に描かれた丸っこい頭の誰かさんが遂に逃げ切れず、煙に巻かれて喘いでいる。宙を切ったその手を最後に伸ばしたその先で、部屋番号603が7と8分の5拍子で点滅している。
 カードを通してドアを開ける。
 大きな窓の向こうに海が広がっているのが見える。部屋は明るくて綺麗で、同じくらいの料金ならフツーのラブホよりずっと広い。
「わーー」
 君はうれしそうに、だけど少し恥ずかしそうに部屋に入って手を広げて伸びをした。
「広いねー、綺麗だし」
「ねー、良い部屋が空いてたね」
 そう言いながら、お互いの小さな荷物をテーブルやソファに置いて、ガラス戸を開けてバルコニーへ出た。
「うみーー!!」
 薄青色の冷たい空気の中に僕も足を踏み出して、はしゃぐ君を背中から抱きしめた。僕の胸の中でクスクス笑う君が腰にお尻を押し付ける。僕は君を強く抱きしめて、髪の匂いと潮の香りを同時に吸い込んで少しだけむせた。
 ざあっ
 と海鳴りが二人の照れ笑いを水平線と青空の境目まで引きずっていって深く沈めた。あんまり景色が青いので、どこまで海でどこから空なのか。
 ひどく曖昧だなあと思った。
 長い長い、永遠よりほんの一瞬だけ短い口づけの後で、君は最高の笑顔を見せて、白いワンピース、水色のレギンス、黒い下着を順番に脱ぎ捨てていった。最後の一枚が海風にさらわれて、カラスのように砂浜に向かって飛んで行ったけれど、君は振り向きもしないで僕だけをじっと見つめていた。
 潮騒の音が鼓膜のすぐそばまで押し寄せて
 風の冷たさも雲の形も考えられなくなって
 黒々とした両腋の茂みがやけに際立って
 どんどん縮まる距離が最後の1ミリまで青かった

 いつもより青く遠い空が、静かな海の青に溶けあってこぼれてくるみたいだ。
 君の髪の毛を両手で撫でながら、僕は顔を上げて目を閉じて、深いため息をついた。

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